世界的デジタルアワード「The Webby Awards 2025」で、ONのリクルートサイトが最優秀賞を受賞した。今回は、そのクリエイティブ面を牽引したアートディレクター/デザイナーのShogo Tabuchi(S5 Studios)に話を聞く。システムエンジニアリングを学んだのちデザインへ舵を切り、基礎の積み直しと実践を重ねてきた彼は、言葉の壁を越える“ひと目のインパクト”と、気持ちよく動く体験の両立をどう設計してきたのか。受賞作の裏側、ONとの協働で得た学び、そしてこれからの視点を語ってもらった。
想定外のWebby Winner。デザイナーが考える受賞理由
受賞の報せを聞いた瞬間に出てきた言葉は、ただ一つ「びっくり」。ノミネート経験はあれど、各部門で“ひとつだけ”が選ばれるWebby Winnerに自分の名が刻まれるとは、正直想像していなかったという。
「率直にびっくりしました。ノミネートは過去にもありましたけど、受賞までとは思っていなかったんです」
デジタル領域に携わる人間にとって、The Webby Awardsは確かな指標だ。今回の評価の核は、言葉や文化の壁を飛び越える“見た瞬間のインパクト”にあったとTabuchiは見ている。
「審査するのは海外の方々で、日本語や日本文化を前提にしていないはず。それでも選ばれたのは、開いた瞬間に飛び込んでくる演出やビジュアルの力が大きかったのかなと」
授賞式の会場・ニューヨークにはスケジュールの都合で行けなかったが、「いつかあの空気を吸いたい」という実感は残った。なにより嬉しかったのは、プロジェクトの仲間たちがそれぞれの場所で喜びを共有してくれたことだ。
「“どれだけ自分たちが喜んでいるか”をちゃんと見せて、一緒に喜んでもらえるほうがいい。Slackでメンバーの喜びが流れてきて、それがいちばん嬉しかったですね」

迷いから輪郭へーープログラミング志望からデザインへ舵を切るまで
彼の進路の出発点は、実はプログラマー寄りだった。高校卒業後は4年制の専門学校でシステムエンジニアリングを学び、IT隆盛の空気を追い風に就職活動へ。しかし“就職氷河期”の壁は厚く、面接の場で価値観の噛み合わなさばかりが募っていった。
「何十社も落ちました。面接官の方と話しても、自分の言っていることにピンと来てもらえていない感覚が続いて、“こっちの道じゃないのかも”と思い始めたんです」
では何に心が動くのか——原点を探るうち、幼い頃にノートを埋め尽くした落書きや、ゲーム『ファイナルファンタジー』の世界観に衝撃を受けた記憶が鮮やかに戻ってくる。作画を担当する天野喜孝氏に魅了され、「デザイナーになりたい」と方向転換を決めた。
「“絵や世界観に関わる仕事がしたい”って気持ちを思い出したんです。だったらデザインの分野で就活をやり直そう、と腹をくくりました」
上京してデザイナーとしての第一歩を踏み出すものの、最初の現場は手探りの連続だった。配属先にロールモデルとなる先輩はほぼおらず、感覚で色やレイアウトを決めては壁に当たる。
「色合いが違うと言われても、自分で直し方がわからない。Photoshopのカラーパレットを開いて営業の方に“どの辺りがいいですか”と選んでもらったこともありました」

初期の挫折と基礎固め。“感覚だけ”から抜け出すまで
そこからは基礎の積み直し。ツールの使い方や学びのメモをドキュメント化し、後輩へ渡すために体系化する。言語化と検証を繰り返すうち、数年かけて“自分の設計手順”が輪郭を帯びていった。
「一回言葉にして図にして、人に聞いてもらって、また更新していく。そういう繰り返しの中で、ようやく自分の言葉で説明できるようになってきた実感があります」
転機となったのは、漫画原作のアニメのプロモーションサイトだ。世界観を咀嚼し、ふさわしい質感を作るためにスキャンしたテクスチャを切り貼りし、既存素材に頼らず“ないもの”
を作る。
「ツールを開いて色を選ぶだけでは表現できない。手間でも自分で素材を作り替えることで、他にない雰囲気のものを作れた。そこから向き合い方が変わりました」

ONメンバーは「好かれている人が多い」
ONとの出会いは共通の知人から現代表・TSURUを紹介してもらったことがきっかけだった。そこから折に触れて会い、仕事で関わる機会が生まれていく。Tabuchiが語るONチームの印象は明確だ。人間関係の“陰り”がない。
「ONの人たちの悪口をどこでも聞かないんです。好かれている人が多い。だから大変な案件でも前向きにやり取りできるんですよね。もう一つ挙げるなら、カルチャーへの嗅覚。ストリートやアートの動向、コミュニティづくりの実践が早い。自分のアンテナが立っていない分野の動きに早くから取り組んでいる。そういう“今きているもの”の見方を、仕事を通じて学ばせてもらってます」

採用サイトの裏側ーーセオリー外しと“軽く動く”実装
採用サイトの制作では、既存のウェブセオリーを意識的に外した。テキストを左右に散らし、タイトルやキャラクターが画面外から出入りする。スクロールの連なりが言葉と絵を順に立ち上げ、最後にひとつの体験へ収束する。
「このサイトに最適な体験は何か、セオリーのバイアスを外して設計しました。ただ、頭の中の理想どおりには動かない。何度も組み替えて“これだ”に届くまで粘りました」
同時に、表現の強度と並走させる“軽快な動作”は必須条件。重くなりがちな要素をどう軽く走らせるか、実装の最適解をチームで探り続けた。
「見た瞬間に目を奪う。でも、気持ちよく動く。両立させるためのトライ&エラーは相当やりました」
日々のインプットには制約を設けない。陶芸、絵画、音楽ーー年代やジャンルにとらわれず、他者が「いい」と感じた理由を自分の中で咀嚼し、引き出しに加える。
「20歳の子が今どこにピントが合っているか、上の世代は何を良いと感じているか。背景ごと共感できると、提案の組み合わせが増えていくんです」
最後に、これからデザイナーを目指す人へのアドバイスを求めると、返ってきたのは“遠回りを資産にする”という視点だった。
「自分も最初から得意だったわけじゃない。入口で“高いハードル”に見えても、まずは飛び込んで、あとから強化すればいいと思います。自分の育ってきた環境や経験も、必ずデザインに繋がる。やりたいと思ったら、まずやってみてほしいですね」
